「ブレても、揺れ動いても、1歩づつ理想に近づいていく。」

きっしーのプロフィール

こんにちは!きっしーと申します。

普段は茨城県のつくば市に住みながら、地元のコワーキングスペースやカフェ、自宅を仕事場としながらノマドワーカーをしています。

今年で41歳。2019年よりブログを始め、ライターとして開業届を出しました。

未婚です。(未婚なのはどうして?と言われると、僕にも分かりませんっ。笑)

もともと文章を書くのは大の苦手。

小学生の頃の作文の時間は、いかにして原稿用紙の隙間を埋めるかばかりを考えていました。

そんな僕ではありますが、ライター兼ブロガーとして生きていくことにしました。

そして僕はミニマリストでもあります。

ガチなミニマリストの方に比べたら、物は多い方かもしれません。ミニマリストらしく場所にとらわれずに、自由に働きたいとの強い思いから物書きという仕事を始めています。



今はライターとしてカメラや写真のことを学びながらがんばっています。知り合いから仕事を紹介してもらっていたり、ブログもこれから育てていく段階です。

少しある貯金と僅かながら稼がせてもらっているライターの収入で生活しています。



『ライター兼ブロガー』として、生きていこうと決意に至るまでには、それなりに紆余曲折もありました。

  • 初めての就職。
  • 大手ドラッグストア店長としての時代。
  • ドラッグストアを辞めて、3年ほど、インストラクターをしたり、カフェ店員したり。
  • そしてライターへ。

ぼくは「ブレてもいい。揺れ動いてもいい。1歩づつ理想に近づいていこう。」を信念としています。

ここでは、ぼくの生い立ちや今までの仕事をふりかえり、このブログで『これからなにしよう』としているのかを書いていきます!

幼少期から大人になるまで

生まれは沖縄です。

幼少期は沖縄で過ごし、転勤族であった父親の関係で埼玉、千葉と小学校を2回変わりました。小6の時に東京都に住み始めてからは、大人になって就職してからもそのまま都内で過ごしています。

共働きの両親のいわゆる普通な家庭で育ちました。中流の可もなく不可もなく、特に大きな不満もないごくごく普通の家庭です。

高校も地元の中間レベルの都立高。

大学受験は失敗しましたが、何となく大学は卒業したほうが良いんだろうな程度で、都内の夜学を卒業しています。

大学の頃は、昼は暇だから適当にバイトをしながら、夜は学校に行って、この頃始めたギターでバンドをやってみたり、思いっきり何かに夢中にならずに過ごしてきました。

この時期になっても将来どう生きていくかを真剣に考えていなかったです。

「卒業して、就職はしないといけないんだろうけど、営業?なんだそれ?できるか?」

「フリーターはさすがにないよな。」

「音楽の仕事にしてみたいけど、おそらく無理だろうな。」

そんな風に思っていたのですが、初めての就職は、焼肉のファミリーチェーン店になりました。

まじめに就活をしていなかったのと、当時の就職氷河期と重なり内定を取れたのは長時間労働で休みも少ない業界。

まわりからは避けた方が良いと言われていた外食産業でした。(外食産業で真剣に働かれている方、すみません。この業界を馬鹿にしているわけではありません。)

最初の3ヶ月くらいは、新卒採用ということもあり定時に帰れて休みもあり、特に大変だなということはなかったのですが、だんだんと働く時間は長くなり、1年後くらいには、店長を任されていました。

任されたとはいっても、この業界特有の人手が足りないから、店長になってしまったという言い方のほうが正しいです。

おそらくこの当時は、ブラック企業という言葉がまだあまり浸透してなかったと思います。まあ、おれの会社はそんなもんかと諦めていました。

店長を始めてからは、管理職ということもあり朝のオープンから深夜のクローズまで、一日中店にいるなんてこともざらにありました。そして1ヶ月の休みは2〜3日あるくらいです。

店長になったとはいっても人生経験もあまりない23、4歳の若造。

すこし仕事のできるバイトレベルで店長になってしまったので、そんな店長のいうことを昼間のパートのお姉さま方や年の近い学生のバイトが素直に聞くはずもありません。

お店の忙しい時に全体を見切れず、自分自身もどう動いて良いか分からないことがあったり、店長になったという変な気負いで指示は一丁前に出す割には、状況に合わないおかしなものだったり。

自分よりも年も経験も上のパートアルバイトからしたら、こんな奴の言うこと聞けるかですよね。

そんな感じの店舗運営だったので提供の遅れや、注文のミスなどのクレームをもらうことも多かったり、バイトが急に辞めてしまうなどがあったりと、とても苦労をしました。

それでも1年後くらいには、さすがに店長としての仕事にも慣れてくるものですね。

書類などの雑務も時間がかからず出来るようになり、労務管理面でもアルバイトの立場にたって考えてみて、

自分が彼らに対してやるべきことをやっていただろうか?

振る舞い、言動に問題はなかったか?

と目線を変えてみたりしました。

そうこうしているうちに、店の運営の仕方や、パートさん、アルバイトの子たちとの接し方も少しずつ分かるようになっていきました。

関連ブログ:元店長が教えるアルバイトとの接し方

仕事も分かってきて、本来ならさあこれからというところでしたが、その頃の僕は長時間休みなく働いていたこともあり、心身ともに疲れていました。

結局、この焼肉屋のチェーンは3年で辞めてしまいました。



初めての転職

辞めたあとは、実は次の就職先が決まっていた訳ではありません。

働いている時は次の就職先を決める時間をとることもできず、そんなことを考える余裕もなかったからです。それでも今振り返ってみると、その時はその時で頑張っていたので、当時の自分を褒めてあげたいです。

その頃、世の中の就職状況はまだ企業側の買い手市場でした。

次の就職先として土日休みで、定時に帰れる、いわゆるホワイト企業は難しいだろうなと勝手にあきらめていました。

次の就職先みつかるか?

みつかったとしても、また長時間労働の休みなしのところか?

という不安はもちろん頭の中にありました。

でも焼肉チェーンを辞めた直後は働きづめで疲れていたこともあり、そんなことよりただ寝ていたい。それだけでした。

辞めてからしばらく寝て過ごしてたら元気も出てきたのですが、何をやってみたいともなく、就活をする気が起きなかったので、3ヶ月くらいは、たまに友達とあって遊んだりしながら何もせずダラダラとしていました。

そんな感じでだらだらと過ごしながらも、次はどうするか?と考えている時期に、ふと立ち寄ったドラッグストアで気がついたんです。

「ん?そういやドラッグストアってかわいい子が働いてることが多いな?」

当時の僕がドラッグストアで働こうと思った動機は不純でした。(いや、ある意味動機としては正しいか。笑)

次の就職先は、また同じ外食か小売業ぐらいだなとうっすらと思っていたのですが、僕はつぎの就職先をドラッグストアにすることにしました。

転職、ドラッグストア時代

次に働き始めたドラッグストアは、以前の焼肉屋に比べたら労働環境は整っていました。

以前、長時間労働ではありましたが、教育体勢も整備されていて、休みも以前に比べたらしっかりと取ることができました。直属の上司や配属される店舗によっての差はありましたけど。

ドラッグストアで働き始めて2年くらいは副店長的な立場で気持ち的にはのんびりと過ごし、休みの日には近隣の店舗の人たちと遊びにいったりと楽しく過ごしていました。そしてその後は店長として働くことになります。

ドラッグストアに勤めていた期間は11年。

11年という僕の人生においては長きの時間を働いていました。

ドラッグストア時代の前半の頃は、適度に楽しく遊んでいました

転機、世の中の変化と自分の変化

ドラッグストアの店長時代も、もちろん辛いこともありましたし、腹立たしいこともたくさんありましたけど、楽しかった思い出も同じくらいあります。

僕が入社したてのころは、ドラッグストア業界は小売業のなかでも出店数を勢いよく増やし業界自体が伸びているイケイケな時で、この業界も人手不足とは言いながらも人の募集をかけたら人がまだ入ってくる時代でした。

ドラッグストア勤務時代の最初の5年間くらいは、だんだんと売り上げの高い店舗を任されるようになり、順調に過ごしていて、いずれはエリアマネージャー(地域の店長を束ねる立場)になって、そのうち本部勤務になればいいか、くらいにのんびり考えていました。

でもそんな自分ののんびりした考えとは逆に、僕の気づかぬうちに世の中はどんどん変化をしていたのです。

よく言われることかもしれませんが、世の中にスマホが登場したあたりから、変わっていったように思います。

オーバーストアなんて言われるようになり、ドラッグストアは至る所にたくさんできて飽和状態になりました。

いままでは買い手市場で人手不足とはいいながらも、新しい人は入ってきてはいましたが、世の中的にはだんだんと嫌なことはやらないという考えの人が増え始め、人手不足が深刻になっていきました。

この時思ったのは、人は『人材』ではなくて『人財』なんだよなということです。

まさしく財産なんだなと強く感じました。

人をものとして扱うと、しっぺ返しをくらうのだと思います。お世話になった会社を悪くいうつもりはないのですが、人手不足で会社は困った状況になってしまいました。

今となっては日本全体。どの業界も人手不足は深刻ですね。

会社の業績は数字的にはよかったんですけど、中で働く人たちは辟易としていきました。人が減った分、1人あたりの負担が増えてききますから。



そんな環境の中で、僕の中で生き方や仕事に対する考え方に少しずつ変化が出て始めました。考え方の変化へと繋がるきっかけとなったことが3つあります。

ミニマリストになったこと

仕事帰りや休日に本屋によく立ち寄っていました。

いつものように本屋にいった時にたまたまミニマリストの本が目について読んでみました。

その本の作者が僕と下の名前が同じことや年が近かったこともあってか、すごく影響を受けました。

ミニマリストの考え方に僕も感化されて、いらないものを思い切って捨てていき、必要な物だけで暮らすということを試していったんです。

全巻集めていた漫画や、読まなくなった本、着なくなった服や、いくつもあった腕時計。本棚、クローゼットの中に限らず、机、冷蔵庫の中、下駄箱の中、いらない通帳、つかってないサービス。

1ルームの小さな部屋でしたが、不要なものはどんどん処分していきました。

そしたら、すごく気持ちがすっきりして、物に対する考え方が変わっていき、世の中をみる目も変化しました。

自分の働くドラッグストアというものは、世の中に必要なものだと思ってますし、ドラッグストアが存在することで助かっている人も多くいらっしゃいます。

もちろんライターとなった今も、ありがたく利用していますし、ドラッグストアの恩恵を受けている一人です。

ドラッグストアは、他との差別化を図る時に、どうしても安さで競いあわないとならなくなってきます。どこのお店に行っても同じ洗剤が売ってますから。

良い接客による差別化とかありますが、基本は安く販売することが優位に立ちやすいです。そうなると競合同士の安売り合戦の体力勝負になります。

お店の人も疲弊し、安くしか販売できないとメーカーも十分な収益をあげることができず、開発力も下がります。開発力がなくなると良い商品も生まれづらくなります。

結局のところ、お客さんも安さで一時的には目先の少額は得しているように見えて、実際は損をしているなと思ったんです。

今の大量生産、大量消費のシステムの中だと、小売店、メーカー、消費者、だれも得していないなと思いました。

そして、そのシステムの中の一人として消費される、毎日同じようなルーティンの自分に疑問を感じました。

考え方が変わったことにより、物よりも体験をもっと得たい、提供する側にまわりたいと思うようになりました。

関連ブログ:ミニマリストになって人生変わった!変化の現れたの考え方。

ミニマリストになるきっかけとなった本です。

ホリエモンの言葉

他には、ミニマリストになる前は持っていたテレビだかネットで聞いた言葉。

ホリエモンの「世の中を変えたのは政治ではなくてテクノロジー

この言葉にすごく衝撃をうけました。

「確かにそのとおりだ!!」と思ったんです。

世の中を見渡すと、僕が小学生の頃はまだ駅の改札には駅員さんが立っていて、チョキチョキと大量の切符をさばいていました。

いまは自動改札が当たり前ですよね。磁気式の定期券も見かけなくなりつつあり、みんなスイカを使ってます。僕はスイカをスマホに取り込んでいます。

他には携帯電話が普及したことで、町からは公衆電話がなくなりました。

いつの間にかです。

自分の気がつかないうちにいつの間にか当たり前にあったものが消えているんです

確かに、世の中を変えているのはテクノロジー だなと思いました。

ドラッグストアで働く僕は、危機感をもったというか、今は当たり前に言われるようになりなしたが、将来AIやロボットが代わりにお店を運営してくれるようになるのは、そう遠くない未来に起こるのだろう思いました。

「昔はコンビニのレジは人がやっていたんだよ。」という会話がいずれ出てくるなと思いました

いままでは人を雇った方がコストが安かったけど、愚痴を言わずに働くロボットで、コストも人よりかからないとなったら、経営者ならどちらを選びますか?という話ですよね。

現に家のちかくのスーパーやドラッグストアでは無人・自動レジが導入されているお店が増えています。

ユニクロもお店によっては、商品が電子タグで管理されてて、商品を台に乗せたら金額が出てきて、無人でお会計がすぐできるようになってます。

ドラッグストアの店長の仕事は10年しないうちに極論消えてなくなると、現場にいて強く感じました。

店長の仕事は一言でいうと、「人、物、お金の管理」です

アルバイトは店からいなくなるだろうし、倉庫整理や品出しといった物の管理はドローンとかロボットがやるようになり、お金はキャッシュレスになります。

じゃあ、おれはなにやるの?と思いました。

1冊の本、「投資家が『お金』よりも大切にしていること」

この本を読んだことも大きく影響しています。

この本はお金儲けについて書かれた本というわけではなく、お金の本質について考えるということは生きることを考えることと一緒なんだということについて書かれています。

自分のところさえ儲かれば他のところはどうでも良い。そういう考えの会社や人はこれからどんどん淘汰されていくように思います。

この本を読んで、いまの世の中を本気で良くしようと動いている人や会社と関わっていきたい、自分自身もそうでありたいなと考えるようになりました。

他にも本の影響はかなり受けました。大前健一さんの本もこの頃よく読んでいて、人が変わるためには3つのものを変えるのが一番良いとおっしゃっています。

  • 住む場所を変える。
  • 時間配分を変える。
  • 付き合う人を変える。

いまの会社でずっと働けたとして、それって楽しいのか?

いずれ見た目も中身も小汚いオジサンになってしまわないか?

考え方の変化とともに、何かを変えなければと思うようになりました。

何かというのは、生きていく上で不可欠な働くということの概念、働き方です。

転職を決意、次のステップへ進むことを決める

11年という僕の人生の中で長く働いていたドラッグストアでしたが、小売業の店長をやっていたというキャリアは社会的な評価がそんなに高いわけではありません。

本社勤務になってバイヤーをやったり、エリアの統括をして大きい数字のコントロールをしてきたなら話は別になるとは思いますが、店舗勤務では、上を目指して頑張らない限りスキルは身につきません。

自分がドラッグストア時代に身に付けたスキルで世の中に分かりやすいものは、ドラッグストアで勤務するのに必要だった登録販売者という資格を得たくらいでした。

現実は甘くはなく、

ただ長く働いただけでは社会的な評価はあがらない

長時間労働のルーティン作業の多いところでは、意識して目的を持って行動しないと何もスキルは身につかない

得たものがないと気がつくと自分に自信が持てなくなってしまいます。

ドラッグストアを辞めたあとは、テクノロジーに何か関わることはできないか?体験を提供する仕事はないか?という観点からパーソナルモビリティのツアーインストラクターをやってみてうまくいかなかったり、古民家カフェの店員をやってみたりしながら、3年ほど過ごしていました。

いつか独立したいなという思いのもとに

でも、これで独立したいということが特に見つからなかったんです。

見つからないことはマイナスに捉える必要はないのですが、ただこのままダラダラとしていては、前には進まないと思い、気持ち的に焦りもあって、カフェの店員も思い切って辞めました。

また何をしようか?という振り出しに戻りましたが、今の自分で始められることはないかを考えました

関連ブログ:やりたいことの見つけ方

ブログを始めた理由

そこで考えついたのがブログです。

ブログやライター業で稼いでいこうと考えたのには理由があります。

それは僕がミニマリストであることが強く影響して、

  • スキルがなくてもすぐに始めることができる。(もちろん稼ぐとなると覚悟がいります。)
  • 元手がかからない。
  • パソコンがあればできる。
  • どこでもできる。

からです。

インストラクター時代やカフェの店員時代にブログを少し書かせてもらっていたことや、そのブログが検索のトップページに載っていたことが嬉しかった経験があったこともあって、僕はブログを始めていくことに決めました。とにかくやってみようと。

あとは、いまさら大手のどこかの会社で働きたいとは思わないし、(そもそも雇ってもらえるかが怪しい。笑)今の自分のスキルでできることとなると選択肢はブログになったというのもあります。

関連ブログ:ブログ未経験だったミニマリストのぼくが、ブログを始めた5つの理由

ブロガーとの出会い

ブログで何とか飯を食えるようになろうと決意した僕は、まずはブログで飯を食ってる人に会いに行こうと考えました。

成功している人にあって話を聞いてもらうのが一番だと考えたのです。

不思議なもので、「ブログで飯を食ってる人に会いたいな」と口に出して、アンテナ張っているとそういう情報を教えてもらえるようになります。

ぼくは知り合いから教えてもらった人に会いに行くことにしました。

ぼくが会いに行ったブロガーの方はソルティーさんといいまして、結婚されてお子さんも4人いながら、ブロガーとして生計を立てていらっしゃいました。

アポなしで訪れたのにもかかわらず、丁寧に対応くださり、お会いしにきた経緯を話し、ブログでどうされてるのかを聞いてみました。

お話はブログの方法論的なことではなく、ソルティー(普段はこう呼んでます!笑)のブログを始めるまでのことや、これまでの半生のことなどを話してもらえました。

ブログは大変そうだけど、それ以上の見返りがありそうだし、夢があって面白そうで、自分も頑張ってみようと新たに思いました。

いままでの自分の人生は決して失敗ではないし、これまでのことは無駄にはならない。

ブログで成功すれば自分の望んでいる、場所にとらわれない、より楽しい人生を手に入れることができる。

できなければ、また同じだ。でも、きっと成功できる。

とこんなことを考え、根拠のない自信が出てきました。

関連ブログ:先輩ブロガーに会いにいく

ブロガーとして走り始めてからの出来事

ブログを始めてみて気がつくことがたくさんあります。

ブログで稼ぐって、一見するとなんか楽して稼いでるイメージですが、もちろんそんなことはありません。

書くことって誰にでもできることだけど、誰もが楽に稼げたら、みんなブログやって稼げばいいですよね。そうじゃないから難しさがあります。

稼ぐとなると、日々勉強が必要です。ライティングだけではなくて、写真のことやデザインのことも知っておいたほうがよいですし、サイトを管理するのにパソコンの知識も必要になってきます。

読んでもらえるように価値のある内容を書かないとならないです。(ぼくも価値ある内容を届けられるように日々奮闘しています!)

自分の伝えたいことであっても、単なる一般人が日記レベル的なことを書いていては残念ながら友達くらいにしか読んでもらえないです。

最初は右も、左も分からず、とりあえずブログのアカウントを作るということから始めました。このブログで使用している『WordPress』ってサービスもブログを始めて初めて知ったくらいです。

そのくらいの知識で始めて、もちろんいざ、書くとなるとなにを書いていいか分からないです。ブログをやるぞっていう決意の方が先でしたから。笑。

それでもとりあえず何か書き始めることで、考えがまとまってきます。

書くことで何を伝えたいのかがだんだん明確になっていって、また自分のことを知ることにもつながっていて、今考えてみると、自分のスキルのなさはアウトプットのなさとほぼイコールだったなと気がつきました。

物書きはとても夢のある尊い仕事だと思っています。

ユーチューブなどの動画サービスが出てきて、ブログはオワコンと言われているけど、基本となる言葉で相手に伝える技術は必ず他のことにも生きてくると思います。

ライターの仕事は時間をかければ、誰でもある程度の文章を書くことはできるのですが、プロとしてやっていくにはスピードが必要に感じました。

稼いでる人を横で見てると、文章の作成、タイピングを含めるパソコン操作がやっぱり早いです。

いかに短い時間で価値のあるものを提供できるか

いまはまだ記事の作成には時間がかかり、仕事も紹介してもらい勉強しながらというのが正直なところですが、1年後までには10万PVを目指して頑張っていきます!



ブログ運営にあたっての理念・信念・主張

最後にこのブログの運営を行うにあたって、

このブログが、僕のように人生をただ消費して過ごしてしまった人に向けて、それでもいまからでも遅くはない、いまからでもあきらめなくていいんだ、こんな生き方もあるんだっていう、一つの例として参考になってもらえたらとてもうれしく思います。

そして、このブログを読んでくれた人の前にすすむちょっとしたきっかけになってもらえたら幸いです。

ブログ運営の目的

そしてこのブログは、

  • 僕と同じように、スキルを身に付けずにきてしまって、どうしていいか分からない人に向けての情報発信。
  • 日常のちょっとした工夫、これ知ってたら楽だよね、というライフハック的なこと。
  • 趣味の音楽に関係すること。
  • ミニマリストに関すること。

主に以上のことを、このブログのテーマに上げていきたいと思います。

夢や目標

大きな夢としては、みんながやりたいことを見つけ、本当の幸せに気がつけるようにブログを通じて貢献すること

目標は、これからも場所にとらわれずに、居心地の良い仲間とともに過ごしながら、楽しく生きていくことです。

ながながと綴りましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます!

どうぞこのブログをよろしくお願いします!!